名古屋高等裁判所 昭和56年(行コ)26号 判決 1982年12月23日
名古屋市中区栄一丁目二九番二三号
控訴人
長谷川清康
右同所
控訴人
長谷川弥希子
右両名訴訟代理人弁護士
竹下重人
名古屋市中区三の丸三丁目三番二号
被控訴人兼旧被控訴人小牧税務署長訴訟承継人
名古屋中税務署長
小田達男
右指定代理人
田井幸男
同
塩谷紀夫
同
大榎春雄
同
成瀬元久
右当事者間の所得税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 控訴人ら
(一) 原判決を取消す。
(二) 旧被控訴人小牧税務署長が、控訴人長谷川清康の昭和五〇年分ないし昭和五二年分の各所得税につき、昭和五四年三月九日なした各更正処分(但し、昭和五〇年分、昭和五一年分については、昭和五四年六月一二日付、昭和五二年分については、昭和五四年七月四日付各更正処分により一部減額された部分を除く)は、いずれもこれを取消す。
(三) 被控訴人名古屋中税務署長が控訴人長谷川弥希子の昭和五〇年分ないし昭和五二年分各所得税について、昭和五四年三月一二日なした各更正処分(但し、昭和五〇年分、昭和五一年分については、昭和五四年六月一二日付各更正処分により一部減額された部分を除く)は、いずれもこれを取消す。
(四) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二当事者の主張及び証拠関係
当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決一四枚目裏五行目の「被告」を「旧被控訴人小牧税務署長」と改める)。
一 控訴人らの追加陳述
(一) 控訴人長谷川清康(以下「控訴人清康」という)が昭和五〇年ないし昭和五二年にした商品先物取引は、所得税法上の「事業」に当る。
1 商品先物取引は、性質上他の事業と違って次のような特質を有する。すなわち、商品先物取引においては、特に事業場を設置したり、物的要素が結合した経済組織によるものであることを必要としない。何故ならば、商品先物取引は、商品取引所の取引員たる資格を有しない者がこれを行う場合には、所定の取引所において資格を有する取引員を通じてのみすることができるのであり、また、商品相場の立つ時間は一定しているので、その時間内に取引をしなければならず、従ってどれほど大規模に商品先物取引をするにしても、ことさら人的、物的設備を必要とするものではないし、長時間の肉体的労働など必要でないからである。
2 控訴人清康が商品先物取引をなすについては、業者から提供される多くの資料を仔細に検討するほか、経済新聞、一般新聞から経済事情に関する広汎な知識や情報を収集し、経済情勢の判断、先物取引の対象、数量、時期等の決定などに関する専門的知識の修得に多大の労力を費やしたが、この種の労働は主として精神的労働であるので、第三者が外部から見るところでは、右取引につき、どのような労力が費やされたかは分りにくいところである。
3 商品先取引が投機性の著しいものであることは確かであるが、およそ商取引は大なり小なり投機を目的とし、本来、投機性を有するものであり、このことと資産運用の一形態として商品先物取引業を営むこととは矛盾するわけではない。
4 このような商品先物取引の特質及び実態からすると、この種の取引においては、社会通念上事業と認められる要件の一つである客観性が具備されることは少ないのであるから、その取引が営利性という要件を具えている限り、所得税法施行令六三条一二号にいう「事業」と認めるべきである。従来の課税事務の如く、商品先物取引、証券信用取引により利益を生じた場合にはこれを事業所得とし、損失が生じた場合にはこれを雑所得計算上の損失であるとするのでは、恣意的な取扱いであるとの非難を免れえない。
(二) 控訴人清康は、商品先物取引を「事業」として行う決心をした昭和四九年以降、旧被控訴人小牧税務署長に対し青色申告承認申請をし、自動的に承認があったとみなされ、その後、青色申告の承認の取消処分もなされないで今日に至っているが、同控訴人の右申請は、本件商品先物取引が利益を生じたか否かとは直接関わりのないことで、ましてや所得税の負担を軽減することを意図しているものでもない。むしろ、旧被控訴人小牧税務署長が、同控訴人は他に何らの事業を営んでいないのに拘らず、同控訴人の青色申告書提出の承認を維持しているところからみると、同署長は、同控訴人の商品先物取引を「事業」と認めていたことを推認させる。
二 被控訴人の追加陳述
(一) 控訴人清康が昭和五七年三月二六日被控訴人名古屋中税務署長に対し所得税の納税地の異動に関する届出書を提出したことにより、旧被控訴人小牧税務署長の所轄していた権限一切は被控訴人名古屋中税務署長が承継した。
(二) 控訴人らの追加陳述にかかる主張は全て争う。
(三) 所得税法施行令六三条一二号にいう「対価を得て継続的に行なう事業」であるか否かは、一般社会通念に照らして決定されるべきことであるが、その際、営利性、有償性の有無、継続性、反覆性の有無、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、取引に費した精神的肉体的労働の程度、人的、物的設備の有無、取引の目的、その者の職歴、社会的地位、生活状況などの諸点が検討されるべきであって、特に、人的、物的設備の有無、生計の資の手段になっているか否かは事業性の認定、判断について重要な要素である。
(四) 控訴人清康は、本件商品先物取引のため、さしたる専門的調査や情報の収集をしていなかったし、相当程度の精神的肉体的労力を用いたこともない。また、商品取引を行う者が業者から送付された一般顧客としての資料を検討したからといって、専門的な調査をしたことにはならない。同控訴人は専門的調査や情報収集をしていなかったため、外務員伊藤克彦の助言と指導により商品先物取引を行っていたのであるし、同控訴人は中央ゴム工業、三晃商会の代表取締役として職務に専念していた。
そして、本件商品先物取引は、投機性の著しい取引であるところ、控訴人清康の取引に対する知識、経験、投入労働量等を考慮すれば、右取引により継続的に、相当程度安定した収益を得られる可能性は極めて少ないから、到底「事業」とはいえない。
(五) 所得税法によれば、居住者が確定申告書を青色の申告書により提出しようとする場合には、所轄税務署長の承認を受けなければならないとされているが、所得を生ずべき業務が「事業」に該当しないことは、右の承認申請を却下し、又は、承認を取消す事由には含まれていない。従って、仮に控訴人清康の主張するような事実があるとしても、このことから直ちに旧被控訴人小牧税務署長が、同控訴人の商品先物取引を「事業」と認めていたということにはならない。のみならず、旧被控訴人小牧税務署長は控訴人清康の昭和四九年分所得税について昭和五〇年一二月一六日付で本件同様の更正処分を行った際、理由を示したうえ、同控訴人の行った商品先物取引は事業所得とは認められないから、青色申告はできない旨を同控訴人に通知している。本件係争各年分の課税処分においても、旧被控訴人小牧税務署長が右趣旨を同控訴人に通知しているから、同署長が青色申告書提出の承認を維持していたということは事実に反する。
三 証拠関係
(一) 控訴人ら
乙第一五号証の成立を認める。
(二) 被控訴人
乙第一五号証を提出
理由
一 当裁判所も、控訴人らの本訴請求は、いずれも失当としてこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に付加するほか、原判決がその理由で記示するのと同一であるから、これを引用する(但し、原判決一七枚目表四行目の「争いがない。」の後に「なお、控訴人清康が昭和五七年三月二六日被控訴人名古屋中税務署長に対し所得税の納税地の異動に関する届出書を提出したことにより、旧被控訴人小牧税務署長の所轄していた一切の権限が被控訴人名古屋中税務署に承継されたことは控訴人清康において明らかに争わないところである。」と加入し、原判決一八枚目表九行目の「とての」を「としての」と、同一九枚目表五行目の「損失金が」を「損失金を」と、同二〇枚目裏四行目の「別表五」を「別表九」と改める)。
(一) 控訴人らは、本件商品先物取引のような種類の取引については、その取引が営利性、継続性を具備している限り、「事業」と認めるべきと主張するが、一定の経済的行為が所得税法施行令六三条一二号にいう「事業」に当るというためには、単に営利性を有するほか、事業としての社会的客観性を具備していることが必要であり、そのためには、相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性がなければならないと解される。そして前記認定(原判決理由二)の事実関係に基づくと、控訴人らのこの点に関する主張を十分に勘案しても、なお、控訴人清康の本件商品先物取引は、継続して安定した収益を得られる可能性に乏しいと言わざるをえず、未だこれをもって「事業」とは認めるに足りないといわなければならない。
なお、控訴人らは、従来の課税実務においては、商品先物取引等により利益を生じた場合にはこれを事業所得とし、損失が生じた場合にはこれを雑所得上の損失であるとする恣意的な取扱いがなされている旨主張するが、本件全証拠によるも、控訴人ら主張のような恣意的な課税が行われていることを認めることはできない。
(二) 控訴人らは、昭和四九年から本件商品先物取引を「事業」として青色申告承認申請をし、自動的に承認があったとみなされて、以後今日に至るまで、青色申告の承認の取引もなされていないから、旧被控訴人小牧税務署長は控訴人清康の商品先物取引を「事業」と認めていたことが推認されると主張する。
ところで、所得税法によれば、居住者が確定申告書を青色の申告書により提出しようとする場合には、法定の事項を記載した申請書を所轄税務署長に提出したうえ、その承認を受けなければならないとされている(同法一四四条、一四六条)が、所得の生ずべき業務が「事業」に当らないことは、右申請を却下し、または承認を取消す事由には含まれていない(同法一四五条、一五〇条)から、仮に控訴人ら主張のような事実があるとしても、右事実から直ちに旧被控訴人小牧税務署長が本件取引を「事業」と認めていたということはできない。従って控訴人らの右主張も採用できない。
二 よって、原判決は正当であって、本件控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、九三条八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 可知鴻平 裁判官 佐藤壽一 裁判官 玉田勝也)